紙の辞書
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「紙の辞書は死んだんです」 国語辞典編集者が言葉と向き合い続ける中で見た現状
手元にある紙の辞書は「広辞苑」と「字統」くらいで、
外国語についてはオンラインでしか引かなくなった。
辞書というのは一種のデータベースで、語として抽象
されたものにどのような具象が対応し得るかという、
リテラシーを補助するための外部装置である。
「この内容はどのような語に圧縮できるか」や
「この語はどのような内容に伸長され得るか」といった
共通認識が形成され、短い符号によって通信可能な
集団が成立する。
それは本来逆であると言えるかもしれないが、集団と
共通認識は表裏一体という意味では、どちらが先と
いうこともない。
集団の通信形態とともに符号化方式もまた更新されて
いくだろうし、想定した集団に応じて違うものだろう。
科学が世界についての一つのモデル化でしかないように、
辞書もまた言葉についての一つのモデル化でしかない。
集団において共有される部分が大きければ大きいほど、
用いられる符号は簡略化されていくため、同じ言語でも
世代や地域が違えば通信に支障をきたす場合がある。
通信不全を放置すれば集団間の垣根は高くなる一方で、
全体として局所的な壊死へと向かうのみである。
それを回避するために、紙の辞書の編纂で培われてきた
事例収集能力と見出し語への抽象能力を活かす余地が
あるように思われる。