セクサロイド


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「セックスロボットは人間を過度に刺激する可能性がある」と専門家が警鐘を鳴らす

セックスには少なくとも二つの役割がある。
一つは、有性生殖による物理的身体へのエラーの導入であり、もう一つは、コンセンサスの確認による快楽の成就である。

快楽について、ベルクソンは「意識に直接与えられたものについての試論」の中で、

より大きな快楽とは、より好ましい快楽でなくて何であろう。また、われわれの好みというのは、われわれの諸器官の一定の性向でなくして何でありえよう。
アンリ・ベルクソン「意識に直接与えられたものについての試論」p.49

と述べている。ここで言われている諸器官というのは、もしかしたら物理的身体に限らないのかもしれないが、目、耳、鼻、舌、皮膚といった五感を始めとする諸感覚が快楽に関係しているのは、ほぼ間違いないように思われる。コンセンサスの確認とは、これらの感覚を一致させることであり、二つ以上の物理的身体が同一の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を共有することによって達成される。

セクサロイドに要求されるのは、おそらく後者の機能であることがほとんどだろう。前者についても、例えば使用者の生殖細胞を基にiPS細胞を作り、人工培養で胎児を生成するような機械は作れるかもしれないが、その装置は人型である必要性が薄い。後者の場合、人間の物理的身体の特性にマッチさせることの容易さから、人型にすることにメリットがある。VRで実現しようという流れもあるが、物理的実体によっておおよその範囲の感覚をカバーした上で、視覚や聴覚の領域に限って補助的に用いるというのが技術的なコストは低いだろう。

こうして、後者だけを過度に切り離すことができてしまうことの是非を議論することはよいと思う。気をつけなければいけないのは、「倫理」という言葉によって、何を意味しているのかについて自覚をもつべきだということだろう。

心理的身体のセックスとはどのようなものだろうか。
心理的身体へのエラー導入は理由付けによって行われることから、会話や議論等のコミュニケーションによって、新しい判断基準をもつことが前者に相当する。また、コミュニケーションを通して、理由の連鎖のコンセンサスを取ることもできるので、後者の機能を果たす側面もあると言える。

理由を気にせざるを得ない人間は、心理的身体のセックスを求めて会話をし、議論をし、恋愛をし、結婚をし、執筆をし、演奏をする。承認欲求は「コンセンサスの確認による快楽の成就」に相当するのだろうが、こればかりが卓越するのも悩みものである。心理的身体へのエラー導入を、常に忘れないでいたい。それは、サディスティックであると同時に、マゾヒスティックでもあれ、ということと同じことである。
An At a NOA 2016-11-05 “動きすぎてはいけない