工学的
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この記事を読んでいて漠然と思ったのは、
無意識というのはとても工学的だということだ。
「風は青海を渡るのか?」で森博嗣は以下のように書いている。
工学的という意味は、つまり、理屈ではなく、 対処だということだ。
森博嗣「風は青海を渡るのか?」 p.66
意味付けに基づく無意識は、端的に特徴抽出であるが故に、
理屈による理解とは無関係、一定のエラーが避けられない、
等の特徴を有しており、それは理学よりも工学に似ている。
逆に、理由付けに基づく意識は理学に近いとも言える。
現在、人工知能が工学的に実装されることが多いことは、
だからこそ、人工知能は無意識にはなれると思うし、意識を実装できるか、 あるいはするべきかという問題はこれとは別問題だと考えている。
An At a NOA 2016-07-29 “いま集合的無意識を、”
という印象に少なからず影響していると思う。
記事において、ボットだけでは対処ができないと予想しているのは、
ボットを制御する人工知能が工学的である限り、どれだけ技術が
進展したとしても、理屈が抜けていたり、常に一定のエラーを含んだり、
という特徴が拭えないということに起因していると考えられる。
そういう意味では、人工知能の実装に理学的要素を取り入れていくことで、
無意識に加えて意識的なものを追加していくのも必要なのかもしれない。
人工知能の理論自体には当然、人間が理解するための理屈が付随している
はずなので、ここで言う理学的要素の取り入れは、理論レベルではなく、
実装レベルでの話である。