ウイルスの意味論
[tag: book]
山内一也「ウイルスの意味論」を読んだ。
ウイルスが生命か非生命かという問は、実のところあまり意味をなさないのではないか。環境という箱の中に生命が個体として独立に存在するという極めて常識的なイメージがこの問を生み出しているだけのように思う。生命の独立性や個体性をもう少し緩めて、ウイルスという個体があるというよりは、生命のプロセスの一部が環境に漏れ出している状態としてウイルスを捉えたほうが、個人的にはしっくりくる。
もちろん、免疫系のような内=自己と外=非自己を区別するホメオスタシスの仕組みによって、ある程度の個体性が維持されていなければ生命とはみなせないのだろうけど、ゲノムに記録された内在性レトロウイルスやファージの話を読んでいると、ウイルスと呼ばれているものは、天然のゲノム編集プロセスであり、減数分裂と同様に遺伝情報にエラーを導入することで、固定化に陥ることを防ぐトランジスタシスの仕組みのことなのではないかと思えてくる。
生命は、壊死と瓦解のいずれにも抵抗している。ただし、環境の中に独立して存在する個体として抵抗しているのではなく、環境というエネルギーの流れの中で、淀みが束の間現れるようなものである。生命という淀みは、免疫によってかたちを維持しつつ、ウイルスによってかたちを変化させることで、局所的な死を受け入れながら、大域的な死を免れている。