dataとinformationの訳語
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dataとinformationについて。
「情報」という語は元々、「敵情報知」の意味で、
informationではなくintelligenceの訳語として
用いられていたらしい。
それが次第にinformationの訳語として定着した
ようだが、「情報」というと伝わる過程ではなく
伝わるもののイメージが強く、「報」の意味は
薄れたように思う。
「情」には既に特定の解釈が含まれるはずなので、
あるかたちをもっているという意味で、dataではなく
informationに当てられるのはわかる。
dataが「無情」、informationが「有情」というと
それっぽくはなるが、仏教用語で心の有無を言うのに
用いられるようで、ちょっとイメージが違う。
むしろ仏教用語で言えば、かたちの有無に相当する
data「無相」とinformation「有相」の方が近い。
これは有象無象の元になった語なので、
- data「無象」とinformation「有象」
- data「無像」とinformation「有像」
などでもよいかもしれない。
現状のまま、「情報」という語をdataとinformationを
含むものとしてとっておき、特に両者を区別する必要が
あるときに、「無相」と「有相」という語で言及する
のはどうだろう。